救急搬送の連絡が入ると、前の病院からFAXが届く。検査結果、処方薬の一覧、これまでの病歴——枚数にして約23ページ分になることもある。看護師や医師はその紙をめくりながら、電子カルテの画面に向かって一文字ずつ打ち込んでいく。この入院初期記録の作成だけで、2時間かかっていた。
FAX23枚の手打ちが5分で終わった
琉球大学病院は2026年5月14日、Ubie株式会社の「ユビー生成AI」を導入した結果、その作業が最短5分で完了するようになったと発表した。
変わったのは、仕事の中身だ。以前は「紙を見て手で打ち込む」作業だった。今は「AIが作った下書きを確認する」作業だ。生成AI(文章や情報を自動でまとめるAI)がFAXの内容を読み取り、必要な項目を整理して下書きを作る。スタッフはその内容を確認し、誤りがあれば修正する。タイピングが確認作業に変わった——それだけのことだ。
病院長補佐の楠瀬賢也氏は「臨床研究のスピードと質が向上する」とコメントしている。FAXの手打ちで始まったこの変化は、病院内の別の業務にも及んでいる。
臨床研究でも、処理件数が2倍超に
効率化は入院記録だけにとどまらなかった。
臨床研究コーディネーター(CRC)——新しい治療法の研究で患者データの登録を担う専門スタッフ——の話だ。患者の検査結果を電子カルテから抜き出し、研究用データベースに記入する。単純だが量が多い。この作業に生成AIを導入したところ、1時間に処理できる件数が1.85件から4.31件になった。約2.33倍だ。
入力する仕事が確認する仕事へ変わる——このパターンが複数の業務で確認された。では、なぜ今、これだけの病院が一斉に動き始めたのか。
全国100病院が動き出した理由
医師の残業上限が追い風に
こうした動きが全国規模に広がった背景には、制度の変化がある。
2024年、医師の時間外労働に上限が設けられた。医師は書類作業が膨大だ。診療後の記録、患者への説明文書、研究データの入力——診察以外の事務仕事が、勤務時間の大きな部分を占めている。これまでは残業でこなしてきた。その手が使えなくなった。
「便利だから導入する」のではなく、「そうしないと回らないから導入する」——AIは病院にとって選択肢ではなく、経営上の急務になった。
国の後押しもある。診療報酬改定(国が病院への報酬ルールを定期的に見直す制度)では、電子カルテの整備やデータ活用に取り組む医療機関への加算が設けられてきた。こうした環境の変化を受け、電子カルテへの記録作成をAIが下書きするTXP Medicalのサービスは、すでに全国の大学病院や救命救急センターなど約100施設、合計9,200床超に広がっている。
ただし、AI導入済みの病院はまだ全体の28%にとどまる。医療のDX化率は全産業で最低水準にあり、導入した病院としていない病院の生産性の差は最大3.2倍に広がると言われている。
FAXを2時間かけて手打ちしていた病院が、5分で済む病院の存在を知っている時代になった。琉球大学病院の発表は、その現実が少しずつ広がっていることを示す、ひとつの記録だ。

