世界中のセキュリティ専門家が27年間見落とし続けたシステムの欠陥を、あるAIが数秒で発見した。攻撃側がこの技術を手にした瞬間、これまでの守りは機能しなくなる。政府がそう判断したのは、昨日のことだ。
政府がAI対策パッケージを決定
5月18日、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を中心とした関係省庁会議が初めて開かれ、AI脅威への対応策「Project YATA-Shield(プロジェクト・ヤタ・シールド)」が正式に決定した。これは2025年に成立した「能動的サイバー防御法」——正式名称はサイバー安全保障強化法——の具体策として位置づけられる。同法は、それまで攻撃を受けてから対応する「受け身の守り」に徹してきた日本のサイバー防御に、攻撃を未然に封じる「先手の守り」を初めて法的に認めたものだ。
対策の重点は、暮らしに直結する15分野の重要インフラ——電力・ガス・金融・医療・通信など——の守りを固めることにある。政府が攻撃情報を一元的に集約・分析し、各事業者にリアルタイムで提供する情報共有の枠組みを構築する。
対策を急がせた直接の引き金は、米Anthropic(アンソロピック)社が今年発表した最新AI「Claude Mythos(クロード・ミュトス)」だ。このAIは、ソフトウェアに潜む「まだ誰も公表していない欠陥」を数千件規模で自律的に発見できる。人間の専門家なら何週間もかかる作業を、ほぼ瞬時にこなす。攻撃者の手に渡れば、今の守りでは追いつかない。
逆説的なのは、攻撃の武器になりうる同じAIが、守りの切り札にもなりうることだ。攻撃側と守備側が同じ武器を使う——どちらが先に使いこなすかが、この戦いの分かれ目になる。
なぜ今、対策が必要か
27年前の穴を数秒で発見
ハッカーが狙うのは、システムに潜む「穴(脆弱性)」だ。熟練した専門家チームが何週間もかけて探すものを、AIは数秒で見つける。そして見つけるだけでなく、「この穴から侵入するためのコード」まで自動で作れる。
証明する事例がある。世界中で使われているOS(基本ソフト)「OpenBSD」には、1999年から27年間、世界中の専門家が誰一人気づかなかった欠陥が潜んでいた。AIはそれを自律的に掘り起こし、攻撃コードの生成まで一気にこなした。ゼロデイ脆弱性——つまり「まだ誰も知らない欠陥」——を人間の限界を超えた速さで武器に変える、それがAIの本当の怖さだ。
攻撃の6割、すでにAIが担う
これは孤立した事例ではない。BCGが2025年に公表したサイバーセキュリティ動向調査によると、同年のサイバー攻撃の約60%にAIが関与していた。AI製の偽メール(フィッシングメール)のクリック率は、人間が作ったものの2倍以上——「怪しいメールは見分けられる」という感覚は、もう通用しない。
速度の問題はさらに深刻だ。企業の監視チームが「分単位」で動いている間に、AI攻撃はミリ秒——1000分の1秒——で侵入からデータ奪取を完了させる。マシン・スピードで動く攻撃に、人の手では物理的に追いつかない。
AIで守る、新しい発想
では、どうすればいい——答えは逆転の発想にある。攻撃者がAIでシステムの穴を探すなら、守る側がAIで先に穴を見つけて塞いでしまえばいい。
弱点を先に見つけ、塞ぐ
政府がソフトウェア会社に強く求めているのが「セキュア・バイ・デザイン(安全を最初から組み込む設計)」だ。製品を世に出す前に、AIで欠陥を探し切る。穴ができてから塞ぐのではなく、穴ごと作らないまま出荷する。攻撃者より先にAIが見つければ、武器にはならない。
Microsoftはすでにこの戦い方を実践している。Security Copilot(セキュリティ・コパイロット)と呼ばれるAIが1日あたり数兆件の異常データを処理し、攻撃をほぼリアルタイムで検知している。IBMが毎年発表する「Cost of a Data Breach Report」の2024年版では、AIを防御に活用した組織でインシデント対応時間が平均44%短縮され、侵害の発見は108日早まったとされる。
メガバンクが防御に先行
「将来の話」ではない。今月末、国内の3メガバンクが具体的な一歩を踏み出す。
5月末にも、Claude Mythosへのアクセス権を取得する見通しだ。目的は防御だ。自行システムの弱点を攻撃者より先にAIに探させ、修正する——「AIレッドチーミング(攻撃役にAIを使った模擬訓練)」と呼ばれるアプローチで、攻撃に使われる同じAIを守りに転用する。
金融以外の分野も動き出している。電力・ガス・通信といった残りの重要インフラについても、経産省と総務省が主導し、同じAI防御の枠組みを広げていく。能動的サイバー防御法のもと、15分野すべてを同じ情報共有の傘の下に置くことが最終的な目標だ。
この戦略を必然にしているのは、人材不足という現実でもある。日本国内だけで約22万人のセキュリティ専門家が不足している。人が足りない以上、AIに頼らざるを得ない。AI防御は理想論ではなく、「これなしでは守れない」という選択肢のない答えだ。

