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保育所入所選考にAIが導入された理由|10日の手作業が数秒に短縮された仕組みと事例

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保育所の入所選考——つまり「誰がどの園に入れるか」を決める作業——は、想像よりずっと泥臭い仕事です。

この記事では、自治体職員が抱える選考業務のリアルと、なぜそこに「AI」が入る余地があったのかをお伝えします。結論を先に言えば、AIは何も新しい判断をしていません。職員が手作業でやっていた「組み合わせパズル」を、コンピューターが代わりに解いただけです。

目次

入所選考に10日かかる自治体の実情

申請から結果通知までの流れ

保育所入所は「希望を出せば入れる」仕組みではありません。
自治体の職員が、数千人分の申請を1件ずつ確認し、点数をつけ、希望園と空き定員を突き合わせる——これが入所選考の正体です。正式には「利用調整」と呼ばれる業務で、自治体によっては年間で最も負荷の高い事務作業のひとつです。

ざっくり言うと、こんな流れで進みます。

STEP
申請受付

保護者が希望園・家庭状況を提出

STEP
点数付け

就労状況や世帯の事情をもとに「優先度」を数値化

STEP
希望園×定員の突き合わせ

点数が高い順に割り当てていく

STEP
ボーダーライン上の判断

同点の子どもが複数いる場合、誰を入れるか決める

STEP
結果通知

内定・不承諾を保護者に通知

このうち最も時間を食うのが③と④です。総務省の資料によると、さいたま市では職員が延べ約1,500時間をかけて約8,000人・300施設の入所選考を処理していました。
申請の締め切りから結果が届くまで1〜2か月。その間、保護者は「入れるのか、入れないのか」がわからないまま職場復帰の計画を立てられずにいます。

1,500時間=職員約4人が2か月フルで張り付く計算。その間、保護者は結果待ちで動けない。

富士通の発表では、この利用調整に10日以上かかる自治体もあったと報告されています。10日間、職員は他の業務をほぼ止めて、ひたすら「この子をA園に入れたら、あの子はB園に回して……」というパズルを解き続けるわけです。

「この子を落とす」を決める重圧

数字だけでは見えない問題があります。それは、職員の心理的な負担です。

入所選考は「ルールに沿った機械的な作業」のはずです。点数が高い子から順に入れていけばいい。
でも現実には、同じ点数の子どもが何人も並ぶ場面が出てきます。定員の最後の1枠に、条件がほぼ同じ3人の子どもがいる。誰かを入れれば、誰かが落ちる。

同点選考の最終処理は、人の手で行われる

選考ルール自体は明確に定められている。だが『同点の中から誰を選ぶか』を最終的に処理するのは人間の手作業であり、そこに心理的重圧が生まれる。

ルール上は細かい優先順位(ひとり親世帯か、きょうだい加点があるか、など)で機械的に決まります。職員が「好き嫌い」で選んでいるわけでは決してありません。
それでも、「この子を落とす」という結果を自分の手で確定させる行為には、重さがあります。画面の向こうには実際の家庭があり、落選通知を受け取る保護者がいる。ルールどおりにやっているだけなのに、「自分が落とした」という感覚がつきまといます。

この重圧が、年に一度の繁忙期に数週間続く。
しかも選考結果に対する問い合わせ——「なぜうちの子が落ちたのか」——にも、同じ職員が対応しなければなりません。

[シーン] 自治体の窓口で、大量の申請書類が積まれたデスクに向かい、パソコン画面のスプレッドシートを見ながら作業する職員の姿

AIマッチングが数秒で割り当てる仕組み

このパズルを、コンピューターに解かせたらどうなるか。それが保育所入所選考AIの発想です。

やっていることはシンプルです。
「Aちゃんを第1希望の園に入れると、Bちゃんは第5希望になってしまう。でも別の組み合わせなら、2人とも第2希望に収まる」——こういうパターンを、全家庭×全施設の組み合わせで片っ端から検討して、できるだけ多くの子が高い希望順位に入れる割り当てを見つけ出します。

技術的には「マッチングアルゴリズム」と呼ばれる手法がベースになっています。もとは「安定マッチング」という考え方で、ノーベル経済学賞を受賞した研究にもつながる分野です。
ただ、難しく考える必要はありません。要するに「全パターンを試して、一番バランスのいい組み合わせを見つける計算」です。

人間がこれをやると、さいたま市の例では約8,000人×300施設。組み合わせは天文学的な数になり、職員が延べ約1,500時間かけて処理していました。コンピューターなら、同じ計算が数秒で終わります。

AIは新しいルールを作らない。自治体が決めた既存の選考基準をそのまま使い、「間違いなく・漏れなく計算する」だけ

大事なのは、AIが何か独自の判断をしているわけではないという点です。
点数のつけ方も、優先順位のルールも、すべて自治体が決めたもの。AIはそのルールを「間違えずに・全パターン漏れなく」計算しているだけです。
だからこそ、さいたま市の実証では、AIの選考結果と職員が手作業で出した結果がほぼ一致しました。「AIに変えたら結果が変わってしまうのでは」という心配は、この一致が答えになっています。

この技術はもともと、九州大学と富士通の共同研究から生まれました。現在は富士通のほか、サイバーエージェントの「ChilmAI」、トテックの「MICJET MISALIO」など、複数の商用システムが全国の自治体で稼働しています

この分野をさらに調べたい方へ

「マッチングアルゴリズム」「利用調整」で検索すると、この分野の情報をさらに調べられます。

自動化で自治体はこう変わった

理屈はわかった。実際にAIを導入した自治体では、何が変わったのか。さいたま市の事例が、その答えを示している。

職員と保護者、それぞれの変化

選考AIの導入で最も大きく変わったのは、職員の働き方です。
繁忙期に数週間かかりきりだった利用調整が数秒で終わるようになり、その時間を窓口対応や保育の質の向上に振り向けられるようになりました。自治体向けの導入事例でも、選考事務に割いていた人手を他業務に再配置できた効果が報告されています。

そして、前のセクションで触れた「この子を落とす」重圧——あれも大きく和らぎます。
ルールどおりの計算結果がシステムから出てくるので、「自分の手で確定させた」という感覚が薄まる。選考そのものは同じルールに基づいているのに、心理的な負荷はまったく違うわけです。

導入前

  • 職員が数週間かけて手作業で選考、心理的負担大
  • 通知まで1〜2か月、保護者は結果を長期間待機

導入後

  • 数秒で選考完了、空いた時間を窓口対応などに再配置
  • 通知の早期化で保護者も職場復帰や準備を前倒しできる

保護者側にも目に見える変化があります。
選考が早く終わるぶん、結果通知を前倒しできます。「入れるのか入れないのか」がわからないまま何週間も待つストレスが減り、職場復帰や保育園の準備を早めに進められるようになりました。数字には表れにくいですが、当事者にとっては切実な改善です。

さいたま市の成功を皮切りに、導入自治体は全国に広がっています。デジタル田園都市国家構想のRAIDAには複数の導入事例が掲載されており、港区や渋谷区などの都市部から、那覇市のような地方中核市まで、人口規模の異なる自治体に広がっています。富士通、サイバーエージェント(ChilmAI)、トテック(MICJET MISALIO)など提供ベンダーも増え、自治体の規模や予算に応じた選択肢が出てきました。

なお、AIが解決するのは選考の負荷と精度の問題であり、保育所の定員不足による待機児童は、施設の新設など別の施策が必要な別の課題だ。

AI入所選考の導入を進めるには

成果が実証された一方で、「コンピューターが決めた結果に保護者は納得するのか」という疑問は残る。まずその点を整理してから、導入の実務に入りたい。

選考結果に納得してもらう仕組み

AIはルールを変えない。だから「AIが勝手に決めた」ではなく、「ルール通りに計算した結果」と説明できます。むしろ手作業より選考理由の記録が残りやすい——「この家庭は○○点で、第2希望のB園は定員が埋まっていたため、第3希望のC園に割り当てられました」という根拠を、いつでもデータから再現できます。

「AIだから不透明」ではなく「AIだからこそ透明」——この逆転が、保護者の信頼を得るポイントです。さらに、生成AIで「あなたの家庭の結果理由」を個別文章化する仕組みも開発されており、透明性はさらに上がる方向にあります。

AI選考は結果だけでなく「なぜその結果になったか」の計算過程がすべて残る。問い合わせ対応の根拠が属人化しない。

導入までに自治体が踏むステップ

公平性への懸念が整理できたら、次は実務の話です。導入の第一歩は、意外にもAIの話ではありません。「自分たちの選考ルールを整理する」ことから始まります。

STEP
選考ルールの文書化

点数の付け方、同点時の優先順位、きょうだい加点の扱いなど、暗黙知になっているルールを明文化する。

STEP
データ整備・ベンダー選定

申請データをシステムに取り込める形に整え、自治体の規模に合ったベンダーを選ぶ。

STEP
実証実験

過去データで試算し、手作業の結果と突き合わせて精度を確認する。

STEP
職員研修・本番稼働

操作方法だけでなく、保護者への説明の仕方まで含めた研修を行い、本番に移行する。

いきなり全面導入する必要はありません。富士通サイバーエージェント(ChilmAI)など複数のベンダーが自治体向けにサービスを提供しており、過去データを使ったトライアルから始められるケースもあります。
まずは自分たちのルールを棚卸しするところから——それが最初の一歩です。

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