公立の高校生が5カ月かけてAIアプリを作り、知事賞を競う——東京都が2026年6月、そんな教育プログラムを動かし始めた。
2年の実証を経て、「使う」から「作る」へ
2026年6月12日、東京都教育委員会は「都立学校AI Lab」の開始と募集を正式に発表した。都立高校生が自らAIアプリを開発することを公教育として本格的に教える、国内でも異例の試みだ。
突然始まったわけではない。東京都は2023年度に9校、翌2024年度には20校を「生成AI研究校」に指定し、授業でのAI活用を2年間実証してきた。その成果として、2025年5月に全都立学校256校・約16万人が使う教育専用AIシステム「都立AI」の本格運用が始まった。
この「都立AI」は2025年の都庁DXアワード——デジタル技術で行政の仕組みを変える取り組みを都庁内で表彰する賞——で知事賞(最優秀賞)を受賞した。「全校にAIを使える環境を整えた」実績が評価された。AI Labはその土台の上に次の一手を乗せる——「使える」から「作れる」への転換だ。
東京都がAI教育の軸足を転換した背景
なぜ今、「使う」から「作る」へ踏み込んだのか。その答えは現場の数字にある。
東京都教育委員会が2026年4月に公表した調査によると、都内公立校で家庭学習に生成AI——ChatGPTのように、質問や指示に対して文章や画像を作り出すAIの総称——を使う子どもの割合は、2024年度の16.9%から2025年度は38.0%へと、1年で2倍以上に跳ね上がった。クラス40人のうち15人が、学校に教わるより先に自分でAIを使い始めている計算だ。
学年が上がるほどその浸透は顕著で、高校生の61.3%、中学生の51.7%がすでに生成AIを使った経験を持つ。高校生に限れば、クラスの6割がAIを使っているのが今の現実だ。
教える側も動いていた。都立高校では100%の学校で教員が授業準備や校務にAIを活用しており、「AIがある教室」はすでに特別な環境ではなくなっている。子どもも教員も、学校の中でAIと向き合う日常が先に整っていた。
都は次の問いを立てた——「使えるだけでいいのか」。
3段階のプログラム、初級から上級まで
AI Labは初級・中級・上級の3コース構成だ。入口は広く、上に行くほど本格的な開発体験になる。都立高校に在籍する生徒であれば誰でも応募でき、どの段階からでも参加できる設計になっている。
オンラインで基礎を学ぶ初級
初級はオンラインで受講できる入門コースだ。「AIとは何か」「どんなことができるのか」という基本を、自宅のパソコンから学べる。
企業と組む中級ワークショップ
中級は大手コンサルティング会社・デロイト トーマツ グループの東京オフィス(千代田区)などの会場に、最大150名が集まって行う。
ここで高校生がまず取り組むのは、アプリの設計ではない。「誰の、どんな困りごとを解決するか」を最初に徹底して考え抜く「デザイン思考」という手法だ。商品開発や新サービスの現場でも広く使われるアプローチで、「何を作るか」より先に「誰が何に困っているか」を深く掘り下げてから作り始める。社会人が日々働くオフィスで、高校生がその体験をする。
高校生40人の5カ月ハッカソン
上級は選抜制だ。都立高校に在籍する生徒であれば応募でき、提出した応募書類や課題をもとに選ばれた40名が約5カ月をかけてAIアプリを本格的に開発する。「ハッカソン」——限られた期間に集中してアプリを作り、成果を競う形式——の本格版と思えばいい。募集の詳細は東京都教育委員会の公式サイトで公表される予定だ。
開発支援には、オフィス向けのプリンターや業務用IT機器で知られるコニカミノルタジャパンが技術パートナーとして参画する。高校生のアプリ開発を企業の現場知識から支える役割だ。2027年1月に成果発表と表彰が行われ、最高位には知事賞が贈られる。公立高校の生徒がこの規模で取り組む仕組みは、国内では前例がない。
採用の物差しが変わり始めている
AI Lab上級の修了者には、参画する企業がインターンシップの優先枠を設ける方向で協議が進んでいる。コニカミノルタジャパンやデロイト トーマツ グループを含む複数の企業が、修了者に「デジタル・AX修了証」——AXはAI Transformation(AIを使って組織や業務を変えること)の略で、その変革を担う人材として認定する証明書——の発行も検討している。
こうした動きを後押しするように、企業の採用現場にも変化の兆しが出ている。人材サービス業界団体による2026年2月の採用担当者調査では、回答者の54.4%が「AIの普及で採用人数や基準に影響が出た」と答えた。2人に1人以上がすでに選考の物差しを変え始めているということだ。「何を学んだか」より「何を作ったか」——エントリーシートより実績、ポートフォリオ(自分が手がけた作品の記録)を重視する採用への移行が、水面下で始まっている。
AI Labで育つ高校生の先を見据え、都はさらに長期の計画も動かしている。2029年4月、AI教育を日常に組み込んだ新しい都立学校が港区白金に開校する予定だ。高校時代に作ったAIアプリが就職の武器になる時代を、東京都は公立高校から作ろうとしている。

