毎朝早くからパンを焼いて、閉店後に売れ残りを袋に詰める。惣菜店なら、夕方の値引きシールを貼りながら「今日も作りすぎたな」とため息をつく。
「もったいないけど仕方ない」——その感覚、痛いほどわかります。
でもその「仕方ない」が年間いくらになっているか、計算したことはあるでしょうか。この記事では、町のパン屋さんや惣菜店が廃棄ロスを半分に減らすために、明日からできることをお伝えします。
パン屋の廃棄ロス、年間いくら捨てている?
食品製造業の食品ロス削減対策に対する支援事業の報告書によると、パン屋の廃棄率は作った量の約5〜10%。月商300万円のお店なら、毎月15万〜30万円分がゴミ箱行きです。
年間に直すと180万〜360万円。パート1人分の人件費が、そのまま消えている計算になります。
しかも捨てる量は商品によって大きく違います。一般的に、惣菜パンは食パンに比べて廃棄率がかなり高い傾向があります。食パンは日持ちするぶん売り切りやすいのに対し、惣菜パンは消費期限が短く、売れ筋の読みが外れると丸ごとロスになるからです。
つまり「何を・いくつ作るか」の判断が、そのまま廃棄額を決めているわけです。
惣菜店も事情は同じです。揚げ物・煮物・サラダと消費期限がバラバラなぶん、「何をいくつ仕込むか」の判断がさらに複雑になります。
閉店間際の値引き販売で売り切れば、捨てるよりはずっといい。ただ、定価で売れたはずの分との差額は利益から確実に削れています。
値引きを否定する話ではありません。「値引きに頼らなくて済む仕込み量」を最初から決められたら、もっとラクになりませんか?——という話です。
「わかってるけど、どうしようもない」。その気持ちはそのとおりです。でも、大手チェーンはこの問題をある方法で半分にしました。
セブンのAI発注が廃棄を半分にできる理由
セブン-イレブンが導入した「AI発注」。名前だけ聞くと難しそうですが、やっていることは意外とシンプルです。
天気・曜日・近所のイベント・過去のレジの売上記録——この4つを掛け合わせて「明日おにぎりが何個売れそうか」を計算しているだけ。ベテラン店長の勘を、データで再現した電卓のようなものです。
AI需要予測の業界動向によると、こうした仕組みで日配品の廃棄をおよそ半分に減らした実績が報告されています。
大事なのは、この仕組み自体がシンプルだということ。
大企業の専用システムがなくても、同じ考え方は小さなお店でも再現できます。必要なのは「データを記録する習慣」だけ——その具体的な始め方を、次のセクションで紹介します。
小さな店でAI発注を再現する3ステップ
「うちみたいな小さい店にAIなんて関係ない」——そう思いますよね。でも、前のセクションで見たとおり、AI発注の正体は「過去の売上データから明日の数を予測する」だけ。
この仕組みを自分のお店で再現するには、いきなりツールを契約してはいけません。まずやるべきことは、もっと地味で、もっと大事なことです。
売上メモを3ヶ月貯める
AI発注に必要なのは、過去の売上データです。どの商品が・いつ・いくつ売れたか。これがなければ、どんなに高いツールを入れても予測のしようがありません。
たとえるなら、レシピなしで「おいしい料理を作って」と頼むようなもの。データはAIにとってのレシピです。
「うちはレジの売上記録なんてとってない」という方も安心してください。
ExcelでもGoogleスプレッドシートでも、紙のメモをスマホで打ち直すだけでも構いません。記録するのはたった3項目だけ。
- 日付(曜日がわかればOK)
- 商品名と作った数
- 売れ残った数
これを毎日閉店後に5分で入力する。3ヶ月——約90日分貯まれば、季節の変動を含んだ「お店の売れ方のクセ」が見えてきます。
なぜ3ヶ月なのか。1ヶ月だと「たまたま天気が悪い週が続いた」だけで数字がゆがみます。3ヶ月あれば、梅雨や連休といった季節イベントを少なくとも1回は含むので、予測の精度がぐっと上がるのです。
開業したばかりでデータがない場合は、まず1ヶ月分から始めてください。精度は劣りますが、勘だけで仕込むよりずっとマシです。
曜日×天気の売上パターン表を作る
3ヶ月分のデータが貯まったら、次はパターンを見つけます。
といっても難しい分析はいりません。やることは「曜日」と「天気」の2軸で表を作るだけです。
| 晴れ | 曇り | 雨 | |
|---|---|---|---|
| 月曜 | 48個 | 42個 | 30個 |
| 火曜 | 52個 | 45個 | 28個 |
| … | … | … | … |
たとえばカレーパンの売れ数を曜日×天気で並べてみると、「雨の火曜はカレーパンが余る」「晴れの土曜はメロンパンが足りない」といったパターンが数字ではっきり見えます。
小売業のAI需要予測に関するレポートでも、天候と曜日が販売数に与える影響は大きいと指摘されています。AI需要予測システムも、核になっているのはこの「曜日×天気」の組み合わせなのです。
この表は、AI発注ツールに渡す「最小の学習データ」になります。
でも、ツールを入れる前の段階でも十分使えます。明日の天気予報を見て、表の数字を参考に作る数を調整する——これだけで、勘だけに頼っていたときより廃棄はぐっと減るはずです。
定番商品1つからAI発注を試す
パターン表で手応えをつかんだら、いよいよAI発注ツールの出番です。
ここで大事なのは、全商品を一気に切り替えないこと。
まずは食パンや定番のあんパンなど、安定して売れる商品を1つだけ選んでください。売れ行きが安定した商品は予測が当たりやすく、外れても被害が小さいからです。
惣菜パンや季節の新商品は売れ方の振れ幅が大きいので、AI予測が安定するまで待ったほうが無難です。
定番1品でうまくいったら2品、3品と少しずつ広げていく。この「小さく試す」が、失敗しないコツです。
データ → パターン発見 → 小さく試す。
この順番を守れば、AIの知識ゼロからでも始められます。ツール契約はステップ3まで来てからで十分。逆に言えば、ステップ1と2はツールなしで明日から始められるのです。
![[図解] 3ステップのフロー図。左から「①売上メモを3ヶ月記録(ノート・Excel・アプリ)」→「②曜日×天気のパターン表を作成」→「③定番商品1つでAI発注を開始」。矢印で順番を示し、③の下に小さく「ここで初めてツール契約」と注記](http://ai-mikata.com/wp-content/uploads/2026/05/autopress-12.webp)
個人店が使えるAI発注ツールと費用
ステップ3まで来たら、いよいよツール選びです。
「AI発注なんて大手チェーンが何百万円もかけて入れるもんでしょ?」——つい最近まで、それは正しい認識でした。でも2025年あたりから、個人店や小規模チェーン向けのクラウド型ツールが出てきています。
中小向けツールを比較する
現時点で個人店・小規模チェーンが検討できる主なツールを整理しました。
| ツール名 | 特徴 | 向いている業態 | 費用感 |
|---|---|---|---|
| sinops-CLOUD | スーパー向け需要予測の大手が出した中小向けクラウド版。おかやまコープ全店導入で年間8,600時間の作業削減の実績あり | パン屋・惣菜店・小型スーパー | 月額1万円以下のプランあり |
| HANZO 自動発注 | 飲食店特化。レシピ単位で原材料の必要量まで逆算できる | 惣菜店・弁当店・飲食店 | 要問い合わせ(無料デモあり) |
| infomartの受発注 | 仕入先との受発注をデジタル化するプラットフォーム。AI予測の前段階として有効 | 仕入先が多い惣菜店・飲食店 | 月額数千円〜 |
従来の自動発注システムは、サーバーを店に置いて専門業者に設定してもらう「買い切り型」が主流でした。初期費用だけで数百万円、月々の保守費も別。個人店には手が出ない世界です。
クラウド型は、インターネット経由で使うのでサーバー不要。スマホやタブレットからでもアクセスできて、初期費用も大幅に下がりました。
まずは無料トライアルやデモを申し込んで、自分のお店のデータで試算できるかを確認してください。ステップ2で作ったパターン表のデータがあれば、「うちの店で使ったらどのくらい廃棄が減るか」を具体的にシミュレーションできます。
デジタル化・AI導入補助金で初期費用を抑える
「月1万円でも、年間12万円か……」と思った方に朗報です。
2026年から、従来のIT導入補助金は「デジタル化・AI導入補助金2026」に名称が変わりました。AI発注ツールのようなクラウドサービスも補助対象になりうるのがポイントです。
特に注目したいのが、従業員5人以下の小規模事業者向けの補助率です。最大で費用の4/5(80%)が戻ってくる可能性があります。
月額1万円のツールなら、補助を受ければ実質月2,000円。年間でも2万4,000円です。パート1日分の人件費で、1年間AI発注が使える計算になります。
しかも月額のクラウド利用料も補助対象になるケースがあるので、「初期費用だけ補助で、毎月の支払いは自腹」とは限りません。
申請の流れと知っておくべきポイント
この補助金は、自分で直接申し込むことはできません。ツールを提供するベンダー(販売会社)が「IT導入支援事業者」として登録されている必要があり、そのベンダー経由で申請する仕組みです。
具体的には、まずツール候補のベンダーに「御社は補助金の対象事業者ですか?」と聞くところから始まります。対象であれば、ベンダー側が申請書類の大半を用意してくれます。
オーナー側で必要なのは「gBizIDプライム」というデジタル庁の法人認証アカウントの取得です。これは無料ですが、発行まで2〜3週間かかるので早めに手続きしてください。
公募は例年、春〜夏にかけて複数回に分けて行われます。採択率は公募回や申請内容によって変わりますが、小規模事業者枠は比較的採択されやすい傾向にあります。
つまり「先にツールを決めてから補助金を申請する」のではなく、「補助金の申請サポートもしてくれるベンダーを選ぶ」のが正解です。ツール選定と補助金申請をセットで相談できる業者かどうか、最初に確認しましょう。
ツール選びの3つの判断基準
AI発注ツールを比較するとき、機能の数や「AIの精度」を見比べてもピンとこないと思います。
個人店のオーナーが見るべきポイントは、もっとシンプルです。3つだけ確認すれば十分。
①自分の店のレジと繋がるか
せっかくツールを入れても、今使っているレジの売上データを手入力で打ち直すなら手間が増えるだけです。お店のレジメーカーとデータ連携できるかを最初に確認してください。連携できなければ、その時点で候補から外して構いません。
②補助金込みで月の支払いがいくらになるか
定価だけ見て「高い」と判断するのはもったいないです。補助金を使った場合の実質負担額をベンダーに出してもらいましょう。
月商200万円のお店で廃棄率が10%から5%に半減すれば、年間で約120万円の削減効果が見込めます。ツールの年間コストが補助金込みで数万円なら、数ヶ月で元が取れる計算です。
③困ったとき電話で聞けるか
AI導入の失敗パターンを解説した記事でも指摘されていますが、導入後に「使い方がわからなくて放置」になるケースは少なくありません。チャットやメールだけのサポートだと、忙しい朝に問い合わせる余裕がないのが現実です。
電話サポートがあるか、担当者がつくか。ITに詳しくないからこそ、ここは妥協しないでください。
もうひとつ正直にお伝えしておくと、AI発注にも限界があります。
季節限定メニューや新商品は、過去の売上データがそもそも存在しないので予測の精度が落ちます。「定番はAIに任せて、新商品は自分の目利きで判断する」——この使い分けが、個人店でAI発注を活かす現実的なやり方です。
まとめ
廃棄ゼロは正直、無理です。でも半分にするのは、特別な技術がなくてもできます。AI発注は、大手チェーンだけのものではありません。
データが育ってきたら、朝の「今日は何個焼く?」が変わります。AIが前日夜に推奨数を出し、勘が数字に置き換わっていく——最初の1ヶ月は参考値として横に置きながら、外れたデータも学習に回すつもりで育ててください。
まずは明日の閉店後、売れ残った商品の数をメモすることから始めてみてください。そのメモ1枚が、3ヶ月後に「いくつ作るか」を変える最初の一歩になります。

