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10日かかる保育所の入所選考が数秒に——AI導入した自治体で何が起きたか

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保育園の入所選考——つまり「どの子をどの園に振り分けるか」を決める作業は、多くの自治体で今も手作業で行われています。兄弟の通園先、通勤経路、世帯の優先度……条件が複雑に絡み合うため、職員が何日もかけてパズルのように組み上げるのが当たり前でした。
この記事では、その選考にAIを導入した自治体で実際に何が起きたのかを、3つの事例と具体的な数字で紹介します。「AIが勝手に決めるの?」「間違ったらどうなるの?」という不安への答えも、事実ベースでお伝えします。

目次

3自治体のAIマッチング導入事例を比較

「本当に効果があるの?」——これが、保育所入所選考AIに対して多くの人が最初に抱く疑問です。
答えはシンプルで、すでに全国の複数の自治体が導入し、はっきりした成果を出しています。ここでは規模も条件も異なる3つの自治体を取り上げます。政令指定都市の大規模事例、中規模都市のコスト削減事例、そして7年間の長期運用事例。それぞれ違う角度から「使える道具である」ことを示しています。

さいたま市:8,000人を数秒で処理

さいたま市の入所選考は、約8,000人の児童を約300の施設に振り分けるという、全国でも最大級の規模です。
これを人の手でやると、職員が延べ約1,500時間——つまり1人で作業したら約190日、土日なしで半年以上かかる計算になります。毎年この作業が発生するわけですから、担当部署にとっては年間最大の山場でした。

総務省の資料によると、AIを導入した結果、この1,500時間の作業が数秒で完了するようになりました。「数秒」は比喩ではなく、文字通りの数秒です。
しかも、AIが出した結果と職員が手作業で出した結果はほぼ一致。つまり、AIは職員と同じ判断を、桁違いの速さで再現できたということです。

  • 1,500時間かかっていた作業が数秒に短縮
  • AIの結果は職員の手作業とほぼ一致——精度を保ちながら速度が桁違いに向上

ここで大事なのは、AIが「独自の判断」をしたわけではない点です。さいたま市が定めた優先順位のルール——たとえば「優先順位の高い児童が低い児童より後に入所してはいけない」といった明確な基準を、数式に落とし込んだAIモデルを構築して処理しています。
AIは自治体のルールブックを超高速で実行しているだけで、ルールそのものを変えたり、勝手な判断を加えたりはしません。最終的な決定権は、従来どおり職員が持っています。

[比較図] 左側「手作業」:職員アイコン+「1,500時間」、右側「AI導入後」:PCアイコン+「数秒」。矢印で「結果はほぼ一致」と示す

池田市:年間1,400時間・400万円を削減

大阪府池田市は人口約10.4万人の中規模都市です。さいたま市ほどの大規模ではありませんが、だからこそ「うちのような中規模の自治体でも効果があるのか?」という問いに答えてくれる事例です。

池田市の公表資料によると、AIマッチング導入によって年間約1,400時間の業務削減を実現しました。金額に換算すると年間約400万円のコスト削減に相当します。

  • 導入前:職員が手作業で選考に年間1,400時間を費やす
  • 導入後:AIが処理し、浮いた時間を保護者対応や窓口業務に転換

削減された時間は、ただ「楽になった」で終わる話ではありません。
浮いた時間で職員が保護者への丁寧な対応や、入所後のフォローアップなど「人にしかできない仕事」に回せるようになった点が重要です。AIが単純作業を引き受けることで、人間は本来やるべき仕事に集中できる。これは業務効率化の本質的な効果です。

ちなみに、こうしたAIマッチングシステムの導入費用は思ったほど高くありません。総務省の資料によると、共同利用型のシステムでは人口1万人以下の自治体なら年会費わずか6万円から利用可能。人口10万人以下でも年間35万円程度です。
年間400万円のコスト削減効果を考えれば、投資対効果は一目瞭然です。

共同利用型システムの年会費目安(人口規模別)
  • 人口1万人以下:年会費6万円から
  • 人口10万人以下:年間35万円程度

「高くて手が出ない」は思い込みかもしれない。

尾道市:7年間の長期運用で見えたこと

「最初はうまくいっても、何年も使い続けられるの?」——新しいシステムに対して、こんな心配をする方は多いと思います。

広島県尾道市は、保育所入所選考AIの先行導入自治体のひとつで、すでに7年間にわたって運用を続けています。九州大学との共同研究から生まれた技術が基盤にあり、毎年の選考で安定して動き続けてきた実績があります。

7年間の運用で特に注目すべきは、毎年の条例変更やルール改定にも対応し続けてきた点です。自治体の選考基準は年度ごとに微調整されることがありますが、それをシステム側のパラメータ変更だけで吸収できる設計になっています。
また、手作業時代に起きていた「担当者の異動で選考ノウハウが失われる」という問題も解消されました。ルールがシステムに組み込まれているため、ベテラン職員が異動しても選考の質は維持されます。

  • 7年間の長期運用で証明されたのは「システムの安定性」だけでなく「属人化の解消」
  • 担当者が変わっても選考品質が落ちない

さいたま市や池田市のような劇的な時間削減の数字こそ公表されていませんが、「7年間、問題なく毎年の選考に使い続けている」という事実そのものが最大のデータです。これから導入を考える自治体にとって、最も説得力のある安心材料ではないでしょうか。

3つの事例をまとめると、以下のようになります。

さいたま市池田市尾道市
人口規模約134万人(政令市)約10.4万人(中規模)約13万人(中規模)
処理規模約8,000人×300施設中規模中規模
主な成果1,500時間→数秒年間1,400時間・400万円削減7年間の安定運用・属人化解消
証明したこと大規模でも正確に動くコスト削減効果が明確長期運用に耐え、引き継ぎ問題も解消

なお、3つの自治体に共通しているのは、AIが出した結果を職員が確認・承認してから正式決定するという運用です。AIはあくまで選考の「下書き」を超高速で作る係。この点はこのあとのセクションでも前提として押さえておいてください。

AIによる自動判定の仕組み

前のセクションで「1,500時間が数秒になった」と書きました。
でも、具体的にどうやって? 本当に正しいの? そう思った方も多いはずです。ここでは、手作業がなぜそこまで時間がかかるのか、そしてAIがその問題をどう解決しているのかを見ていきます。

「点数」で優先順位をつける仕組み

まず前提として、日本の保育所入所選考がどう行われているかを簡単に押さえておきます。

ほぼすべての自治体では、「指数」や「点数」と呼ばれるスコアで申請者の優先順位を決めています。たとえば、フルタイム共働きなら加点、祖父母が近居なら減点——といった具合に、世帯の状況を点数化するわけです。
同じ点数の場合は「優先順位」(世帯年収が低い方を優先するなど)でさらに細かく序列が決まります。

保育所入所選考は「点数制」が基本。就労状況・家庭環境などを点数化し、高い順に希望園へ振り分ける仕組みです。自治体ごとに条例・内規でルールが定められています。

この点数のつけ方は、自治体ごとの条例や内規で細かく定められていて、自治体によってルールが違います。AIはこの「点数の計算ルール」と「振り分けのルール」を数式に変換して、処理しています。
つまりAIが数式化しているのは、各自治体がすでに使っている採点基準そのもの。新しい基準を作っているわけではありません。

手作業が10日かかる理由

点数で優先順位が決まるなら、上から順に入れていけばいい——そう思うかもしれません。
でも、実際にはそう単純ではありません。

たとえば、Aちゃんを第1希望の園に入れると、その園の枠がひとつ減る。そこに入れるはずだったBちゃんは第2希望へ回り、するとBちゃんの第2希望園でも枠が減って、今度はCちゃんが押し出される——。
この「玉突き」に、兄弟の同園希望や保護者の通勤経路といった個別条件が絡むため、1人の配置変更が何十人にも波及します。

さいたま市の場合、約8,000人×約300施設。組み合わせの数は天文学的です。人の手で全パターンを試すのは物理的に不可能なので、現実には「ここまで確認できたら良しとする」というラインで切っています。

手作業に「見落とし」が生まれる構造的な理由

手作業では全パターンを試しきれないため、「見落とし」が構造的に発生しうる。これは担当者のミスではなく、人間の処理能力の限界によるものです。

つまり、手作業には「たまたま見落とした最適解」が存在するリスクが常にあるわけです。担当者の能力不足ではなく、人間の処理能力では追いつかない問題なのです。

AIが数秒で終わらせる仕組み

では、AIは何をしているのか。
一言でいえば、自治体が決めた点数ルールと振り分けルールに従って、全パターンを一瞬で試して最適な組み合わせを見つけているだけです。

九州大学との共同研究で開発されたこの仕組みでは、まず自治体の選考基準——「優先順位の高い児童が低い児童より後回しになってはいけない」「兄弟はできるだけ同じ園に」といったルールを、コンピュータが処理できる数式に変換します。

AIが使うのは自治体が定めた既存のルール(点数制の基準)のみ。AI独自のルールや判断基準は一切追加されません。

そのうえで、人間には物理的に試せない何万通り、何十万通りもの組み合わせをすべてチェックし、ルールに最も合致する配置を見つけ出します。

イメージとしては、巨大なパズルの全ピースを同時に動かして「最もきれいにハマる配置」を瞬時に見つける感じです。人間が1ピースずつ動かしていたのとは、そもそもやり方が違います。

[図解] 左側「手作業」:1パターンずつ順番に試す直列フロー(A→B→C…と矢印)、右側「AI」:全パターンを同時並列で評価する放射状フロー。中央に「全く同じルール(点数制)を使用」のラベル

むしろ手作業のほうが、担当者によって微妙に判断が揺れたり、確認しきれないパターンが生まれたりする。AIを導入したことで、全申請者に対して同じルールが例外なく適用されるようになった——この「公平性の担保」こそ、スピード以上に大きなメリットかもしれません。

導入コスト・期間・つまずきポイント

仕組みがわかったところで、次に気になるのは「じゃあ実際いくらかかるの?」という話です。
結論から言うと、思っているより安く始められます。ただし、お金以外のところに意外な落とし穴があります。

規模別の費用感と導入タイムライン

総務省の資料によると、共同利用型のシステムを使えば、人口1万人以下の自治体は年会費6万円から導入できます。
人口10万人以下でも年間35万円程度。単独でゼロからシステムを開発すれば数百万〜数千万円かかるところを、共同利用型なら何十分の一のコストで済むわけです。

共同利用型の年会費目安(自治体規模別)
  • 人口1万人以下:年6万円〜
  • 人口10万人以下:年35万円程度
  • 単独ゼロ開発:数百万〜数千万円

導入検討から運用開始までの期間は、一般的に6ヶ月〜1年が目安です。ただし、これはシステムの構築期間だけでなく、次に述べる「ルールの数式化」作業を含んでの話です。

小規模自治体が直面するハードル

費用面のハードルが低いとわかっても、最大のつまずきポイントは別のところにあります。
それは「うちの自治体独自のルールを、コンピュータが処理できる数式に変換する作業」です。

ジチタイワークスの記事でも触れられていますが、先ほど説明した点数制の基準——「フルタイム共働きは何点」「ひとり親家庭は何点」「同点の場合はどの条件で優先するか」といったルールを、漏れなく数式に落とし込む必要があります。
この作業が一番時間と手間を食います。自治体ごとに条例や内規が違うため、テンプレートをそのまま使えないケースも多い。

STEP
自治体の選考ルールを洗い出す

点数基準・優先順位など、既存の選考条件をすべてリストアップする。

STEP
ルールを数式(条件式)に変換する

洗い出したルールをコンピュータが処理できる条件式に落とし込む。最も時間と手間がかかる工程。

STEP
テスト選考で結果を検証する

実際の過去データを使ってシステムの判定結果を照合し、意図した通りに動くか確認する。

逆に言えば、このルールの整理さえ乗り越えれば、あとはシステム側が処理してくれます。主要ベンダー(GCCNEC富士通など)にはルール整理を支援するサービスもあるため、自治体が単独で悩む必要はありません。

公平性と個人情報保護をどう担保するか

費用が安くても、「AIに子どもの選考を任せて本当に公平なの?」「個人情報は大丈夫?」という不安が残る方もいるはずです。
この2つの疑問に、事実ベースで答えます。

選考基準の透明性確保

意外に思うかもしれませんが、実は手作業のほうが「ブラックボックス」でした。

職員が紙やExcelで選考していた時代、「なぜこの子がこの園に決まったのか」を完全に再現するのは困難でした。担当者の頭の中で行われた判断は、記録に残りにくいからです。

AIの場合は逆です。ジチタイワークスの記事でも紹介されているとおり、選考基準を数式として明文化したうえで処理するため、「この児童がこの園に決まった理由」をすべてログとして追跡できます。
議会や保護者から「なぜこの結果になったのか」と問われたとき、根拠を示せるのはむしろAIのほうなのです。

  • 手作業:担当者の判断は記録に残りにくく、選考過程の完全な再現が困難
  • AI:全選考過程がログとして追跡可能。「なぜこの結果か」を根拠で示せる
  • 透明性はAIのほうが高い

さらに、さいたま市の事例では、AIの選考結果と職員の手作業結果がほぼ一致しています。これは「AIが正しい」の証明であると同時に、「ルールどおりに処理すれば、誰がやっても同じ結果になる」ことの証明でもあります。
属人的な判断のブレがなくなること——これが公平性における最大の進歩です。

AIが間違えたら? 結果に不満があったら?

AIが出した結果は「案」であり、正式な入所決定は職員の確認・承認を経て行われます。行政処分としての決定権と責任は、従来どおり自治体にあります。

個人情報保護法との整合性

保育所の入所選考では、世帯の収入状況、保護者の就労形態、児童の障害の有無など、個人情報保護法で「要配慮個人情報」にあたるデータを扱います。
「こんなセンシティブな情報をAIに渡して大丈夫?」と心配になるのは当然です。

結論から言うと、主要な製品は自治体の庁内ネットワークで完結する設計になっています。
GCCの「振り分けマスターナサリーちゃん」NECの保育園AIマッチングは、いずれも自治体の閉域ネットワーク内で動作する仕組みです。データが外部のクラウドやインターネット上に出ていく心配はありません。

個人情報は庁内ネットワーク内で完結、外部に出ない設計が主流

主要製品は自治体の閉域ネットワーク内で動作する設計になっており、個人情報が外部サーバーやインターネット上に送出されることはない。「AIだから情報が漏れる」ではなく、「庁内に閉じているから範囲が明確」という設計思想が標準となっている。

「AIだから危ない」のではなく、「AIだから記録が残り、範囲が明確になる」。
この視点を持つと、導入への見え方がだいぶ変わるのではないでしょうか。

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