スマートフォンに向かって3分間話しかけるだけで、脳の健康状態をAIが判定する——そんなサービスが2026年4月16日、法人・自治体向けに正式に動き出した。DeNAの子会社である日本テクトシステムズが提供する「ONSEI Pro」だ。DeNAグループのヘルスケア事業の一環として位置づけられており、マイクとスピーカーさえあれば自宅でも職場でも使える非接触型のサービスである。病院の予約も、専門的な知識も必要ない。
声かけ3分で「脳の健康状態」をAIが判定
AIは人間の耳では聞き取れない声の微細な特徴——高さ、揺れ、リズムなど1,008の要素を機械学習で解析する。この仕組みにより、軽度アルツハイマー型認知症と健常者を約93%の正答率で判別できるという研究結果が出ている。
ただし、これは医師の診断ではない。ONSEI Proはあくまで「変化に自分で気づくためのツール」だ。体温計が発熱を知らせても病名を診断しないのと同じ位置づけだと考えるとわかりやすい。
従来の20秒版「ONSEI」から何が変わったか
江東区(東京都)や日本生命保険が導入してきた従来版「ONSEI」は、約20秒の音声チェックで「気になる・気にならない」を2段階で示す仕組みだった。Pro版での変化は2点だ。計測時間が最短3分に延び、判定結果が5段階に細分化された。一時的な白黒判定から、継続的なモニタリングへの機能強化である。
5段階スコアで何が見えるのか
5段階の判定では、「時間の感覚(時間見当識)」「記憶力」「注意力」の3項目が個別に可視化される。「全体的に問題なし」という一言ではなく、どの機能にどの程度の変化が出ているかが数値で見える形だ。日々の記録を積み重ねることで、変化の兆候を本人や周囲が早期に把握する手がかりとなる。
音声1,008要素でAIが脳の状態を読む
緊張すると声が震えるように、認知機能の変化も声のパターンに現れる——AIはその微細な変化を読み取っている。その精度を支えるのが、国内3大学との共同研究だ。医療研究の公的支援機関(AMED)の助成を受けて進められ、結果は2024年に国際医学誌に掲載されている。ただし、この研究は特定の条件下で実施されたものであり、被験者の年齢層や対象規模については公開資料に詳細が示されていない点は留意が必要だ。
毎日の計測を続けることで、スコアの推移がグラフとして記録されていく。「この2週間で記憶力のスコアに変化が出ている」——そうした傾向が数値として見えるようになる。
自治体・金融機関も導入へ、介護から保険まで用途広がる
ONSEI Proは個人が直接申し込めるサービスではない。自治体や企業が発行する「団体コード」を通じて利用する、法人・自治体向けのモデルだ。それでも導入事例はすでに複数の業界に広がっている。
介護現場では住民の定期チェックに活用
東京都江東区は2024年8月、23区で初めてAI音声認知機能チェックを導入した。区民がスマートフォンで音声を計測すると、結果に応じて地域の包括支援センターや認知症サポート医への案内が表示される。「気になる変化」を感じた瞬間に次の一歩が示される仕組みだ。
2025年3月には千葉市シルバー人材センターが、高所作業など危険を伴う就業前の安全確認ツールとして導入した。NTTコミュニケーションズは電話口での発話だけで認知機能を測る「脳の健康チェックフリーダイヤル」にAPIを提供している。住民の健康管理、就業安全の判断、電話インフラへの組み込み——同じ技術が、まったく異なる課題の入り口として使われている。
保険・金融機関でも詐欺防止・意思確認の需要
日本生命保険は認知症保障保険の付帯サービスとして導入し、契約者が日常的に使える予防習慣として提供している。金融機関では高齢顧客への振り込め詐欺被害の防止や、契約時に本人の意思確認を記録する目的でも需要が生まれており、複数の金融機関との商談が進んでいるとされる。
自治体、介護、通信、保険、金融——これほど異なる業界が同じタイミングで動いている事実は、「認知機能の変化に早く気づきたい」というニーズが、すでに社会のあちこちに潜在していたことを示している。

