省力化補助金は「1回使えたなら、また使えるだろう」と思いがちです。でも2回目以降は、賃上げのハードルが別モノになります。
この記事では、リピート申請で何がどう厳しくなるのかを、自社の数字で確かめながら整理します。計算してみると、申請できるかどうかの判断が申請前に見えてきます。なお、この記事では多くの中小企業が利用するカタログ注文型を前提に書いています。
リピート申請で壁になるルール
1.5%が3.5%に上がる仕組み
初回の申請では、給与支給総額を「年平均1.5%以上」伸ばす計画で通ります。ところがリピート申請になると、これが一気に年3.5%以上に跳ね上がります。同じ補助金なのに、求められる賃上げ幅が倍以上になるわけです。
さらに厄介なのが「経過年数」のルールです。前回の交付申請から2年以上経っていると7.0%以上、3年以上なら10.5%以上の引き上げが必要になります(中小企業省力化投資補助金 2回目以降の交付申請)。
ここで大事なのは、この増加率の基準点です。7.0%や10.5%は「毎年の前年比」ではなく、前回の交付申請時点の給与支給総額を基準にした累計の増加率です。つまり、前回の申請時に3,600万円だった会社が2年後に申請するなら、3,600万円×1.07=3,852万円以上が必要、という計算になります。
| 状況 | 求められる賃上げ率(前回交付申請時からの累計) |
|---|---|
| 初回申請 | 年平均1.5%以上 |
| リピート(2年未満) | 3.5%以上 |
| リピート(2年以上経過) | 7.0%以上 |
| リピート(3年以上経過) | 10.5%以上 |
つまり、「今回は見送って来年申請しよう」と先送りするほど条件が厳しくなる構造です。迷っているなら早めに判断したほうが有利、というのがこの制度の設計です。
給与支給総額に含まれるもの・含まれないもの
「給与支給総額」は基本給だけではありません。残業代・賞与・各種手当を含む、従業員全員への支払い合計です。パートやアルバイトも対象です。
実務で間違えやすいポイントが1つあります。通勤手当(交通費)は含まれ、社会保険料の会社負担分は含まれません。社会保険料は従業員に「支払った」お金ではなく、会社が国に納めるお金だからです。この区別を間違えると「十分上げたつもりだったのに未達」という事態になるので、計算を始める前に足し上げる項目を整理しておきましょう。
給与支給総額に「含まれるもの」と「含まれないもの」を把握しておかないと、計算がズレる
年3.5%向上を自社で計算してみる
「3.5%」と聞いても、ピンとこない方がほとんどだと思います。
でも実際の金額に直してみると、意外と判断しやすくなります。ここでは架空の会社をモデルに、具体的な数字で見ていきましょう。
月給30万円×10人のシミュレーション
例として、従業員10人・平均月給30万円の会社を考えます。
この会社の年間給与支給総額は、30万円×10人×12か月=3,600万円です。
この3,600万円の3.5%がいくらかというと、年間126万円。
従業員10人で割ると、1人あたり年間12万6,000円——つまり月あたり約1万500円の昇給に相当します。
月1万円ちょっと。これを「なんとかなる」と思うか「厳しい」と思うかは、会社の利益構造によって分かれるところです。
ただ、ここで大事なのは計算の仕方を知っておくことです。計算式はシンプルで、割り算1回で終わります。
今年の給与支給総額 ÷ 前回交付申請時の給与支給総額 − 1
この結果が0.035以上(つまり3.5%以上)ならクリアです。
先ほどの例なら、3,600万円を3,726万円以上に伸ばせば達成になります。
3年計画の昇給スケジュール
リピート申請を今すぐ出せない場合、問題はさらに大きくなります。
前のセクションで触れたとおり、2年経過で7.0%、3年経過で10.5%が必要です。これはすべて前回交付申請時の給与支給総額が基準なので、先ほどの3,600万円の会社なら、3年後には3,600万円×10.5%=378万円の昇給が求められる計算になります。
現実的な選択肢は、毎年3.5%ずつ積み上げていく方法です。
| 経過年数 | 必要な累計増加率(前回申請時が基準) | 3,600万円の場合の目標額 | 1人あたり月額の増分(累計) |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 3.5% | 3,726万円 | 約+1.1万円 |
| 2年目 | 7.0% | 3,852万円 | 約+2.1万円 |
| 3年目 | 10.5% | 3,978万円 | 約+3.2万円 |
昇給スケジュールを今から組んでおけば、3年後の10.5%も「毎年の3.5%の積み重ね」として管理できます。
賃金台帳で確認する3つの数字
「計算式はわかったけど、どこから数字を持ってくればいいの?」という方へ。確認するのは賃金台帳(従業員に払った給与の記録)で、拾う数字は3つだけです。
これがスタート地点(基準額)です。
今の実力値です。
2から1を引いた金額が、これまでの昇給実績になります。
あとは「直近月の支給総額 ÷ 前回交付申請月の支給総額 − 1」で増加率を出すだけです。
0.035を超えていれば達成見込みあり。届いていなければ、あといくら足りないかも一目でわかります。
計算してみて「ギリギリ届かない」なら、賞与や手当の調整で到達できる可能性もあります。逆に大幅に足りないなら、リピート申請そのものを見送る判断材料になります。
いずれにしても、申請する前に自社の数字で確かめておくことが大切です。公募要領は回ごとに更新されるので、最新の計算条件は公募要領(第6回)で確認してください。
未達なら返還——いくら戻すのか
前のセクションで自社の数字を計算してみて、「ギリギリかも」と感じた方もいると思います。
では、もし達成できなかったら何が起こるのか。ここが一番知りたいところですよね。
返還が発生する条件
賃上げ未達が問題になるタイミングは、補助事業が完了した後の実績報告時です。
つまり、設備を買って、導入して、使い始めた後に「計画通りの賃上げができていませんね」と確認される流れです。
ここが怖いところで、お金を使い切ってから返還を求められる構造になっています。
「申請が通らなかった」なら出費ゼロで済みますが、返還は違います。設備投資も済んだ上で補助金を戻すことになるので、資金繰りへの影響は大きいです。
判定の基準は、前のセクションでやった計算と同じです。給与支給総額の増加率が3.5%に届いているかどうか。届いていなければ、返還の対象になります。
この補助金の運営元は中小機構(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)で、返還の通知もここから届きます(公募要領(第6回))。
返還額はどう決まるのか
「少し足りなかっただけだから、差額だけ返せばいいでしょ」——そう思いたくなりますが、そこまで甘くありません。
公募要領上、賃上げ要件の未達は補助金の全額返還が原則です。3.2%まで上げたけど3.5%に届かなかった——あとたった0.3%の差でも、制度上は全額返還の対象になります。
「惜しかったから半額でいいよ」という減額措置は、基本的に想定されていません。
3.2%でも3.4%でも、3.5%に届かなければ全額返還が原則。「惜しい」は通用しない
例えば、補助金150万円を受けた会社が、がんばったけれど賃上げ率が3.2%止まりだったとします。
あとたった0.3%の差でも、150万円丸ごと返還です。これが「ギリギリを狙わないほうがいい」と言われる理由です。
では、天災や取引先の倒産といった「やむを得ない事情」があった場合はどうか。
公募要領には正当な理由がある場合の取り扱いについて記載がありますが、具体的にどこまでが免除対象になるかは公募回ごとに条件が異なります。「免除規定があるから大丈夫」と楽観するのではなく、必ず最新の公募要領で確認してください。
不明点があれば、中小機構の相談窓口(省力化補助金の公式サイトから問い合わせ可能)に事前に確認しておくのが確実です。
正直なところ、この免除規定を「セーフティネット」として当てにするのはおすすめしません。
申請前の計算で「余裕を持って達成できる」と確認できていることが、一番確実なリスク回避策です。
従業員が増減すると計算が狂う
前のセクションで「全額返還」のリスクがわかったところで、もうひとつ見落としがちな落とし穴があります。
従業員の人数が変わると、さっきの計算がそのまま使えなくなるんです。
採用で分母が変わるリスク
3.5%の判定は「給与支給総額」で見ます。つまり、全員分の給与の合計額です。
新しく人を雇うと、この合計額の分母が増えます。当然、3.5%の達成ラインも一緒に上がる。
例えば、さっきの10人・月給30万円の会社(年間給与支給総額3,600万円)が2人採用したとします。
新入社員の月給を25万円とすると、総額は3,600万+(25万×2人×12か月)=4,200万円に増えます。
この4,200万円に対して3.5%なので、達成ラインは147万円の増加。10人のときの126万円より21万円もハードルが上がるわけです。
採用して人手不足を解消しようとしたのに、それが賃上げ達成を難しくする——ちょっと皮肉な構造ですよね。
人員計画と賃上げ計画は、セットで考える必要があります。
退職時の扱い
逆のパターンも見ておきましょう。給料の高いベテランが辞めると、給与支給総額はガクンと下がります。
一見すると「総額が減ったから3.5%達成しやすくなるのでは?」と思えますが、ここは注意が必要です。
判定は申請時点の実態で再計算されるため、退職前の数字をベースにした計画がそのまま通るとは限りません。
申請前後1年間に大きな人員変動を予定している場合は、変動後の数字で試算し直しておくのが安全です(公募要領(第6回))。
採用・退職のどちらでも給与支給総額の合計が変わり、3.5%の達成ラインがずれる。人員変動の予定があるなら、変動後の人数・給与で試算し直してから申請計画を固めること。
結局のところ、「今の人数」で計算して安心するのではなく、申請時点で何人いるかを想定して試算することが大事です。
人の出入りが多い会社ほど、ギリギリを狙わず余裕を持った計画にしておきましょう。
まとめ
リピート申請を検討しているなら、まずやることは1つ。賃金台帳を開いて、前回申請時からの給与支給総額の増加率を計算してください。
3.5%に届くかどうかが、申請するかしないかの判断ラインです。届かないなら無理に申請せず見送るのも立派な経営判断です。
制度の細かい条件は公募回ごとに変わるので、実際に申請する際は必ず最新の公募要領を確認し、不明点は中小機構の相談窓口に問い合わせましょう。

