「AI新法」という言葉、ニュースで目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
「うちみたいな小さい会社にも関係あるの?」「何か対応しないとまずい?」——そんな不安を抱えている経営者や総務担当の方に向けて、この記事では中小企業が本当にやるべきことだけをシンプルにお伝えします。先に言ってしまえば、怖がる必要はありません——ただ、自社のAI利用状況の把握だけは早めにやっておきましょう。
AI新法、中小企業に関係あるのか?
中小企業にかかる条文はここだけ
AI新法——正式名称は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」といいます。2025年5月に国会で成立し、同年中に施行されました。
全体で28条からなる法律ですが、中小企業に直接関わるのは努力義務の規定と、国の調査への協力規定の2箇所程度です。
そしてこの法律、じつはAIを取り締まるための法律ではありません。AIの研究開発と活用を国として後押しするための「推進法」です。罰則規定もありません。
AI新法は規制法ではなく推進法。中小企業に関わる条文は努力義務と調査協力の2箇所程度で、罰則もない
「義務」と「努力義務」はどう違う
ここが一番大事なところです。
| 義務 | 努力義務 | |
|---|---|---|
| 意味 | 必ずやる | やるよう努めればOK |
| 罰則 | あり | なし |
中小企業に課されているのは、この「努力義務」のほうです。
「法律で決まったから大変だ」と構える必要はありません。ただし、努力義務だからといって何もしなくていいわけでもない——この先のセクションで、具体的に何をしておけばいいかをお話しします。
今後の政令やガイドラインで具体的なルールが追加される可能性はあります。「今は緩い=ずっと緩い」ではないので、動向だけはチェックしておきましょう。
自分が使っている生成AIは対象なのか
「努力義務だけ」と分かってホッとした方も多いと思います。でも次に気になるのは、「じゃあ自分が毎日使っているChatGPTやCopilotはどうなの?」ということですよね。
ここを整理すれば、過剰な心配をしなくて済みます。
対象になるAI・ならないAI
AI新法は「AIを作る・売る側」と「AIを使う側」で立場をはっきり分けています。
- 提供者(作る・売る側): 自社でAIシステムを開発して外部に提供している企業。安全性の確保や情報公開などの責任が生じる可能性があります
- 利用者(使う側): ChatGPT、Copilot、Gemini、翻訳AI、画像生成AIなど、既製品の生成AIを社内業務に使っているだけの企業
中小企業の大半は「使う側」に該当します。既製品のAIサービスを業務効率化に使っているだけなら、規制の直接対象にはなりません。
ChatGPT・Copilot・Geminiなど既製品を使っているだけなら「利用者」。規制の直接対象ではない
ただし、自社でAIモデルを開発して顧客向けサービスとして提供している場合は「提供者」側になります。ここは間違えやすいポイントなので、判断に迷ったら「自社で作ったAIを社外に出しているか?」で考えてみてください。
ルールが動いていく中で置いていかれないためにも、まず自社のAI利用状況を整理しておくことが、次のステップへの自然な出発点になります。
中小企業がやるべき3つのこと
「直接の規制対象ではない」と分かっても、何もしなくていいわけではありません。
取引先や銀行から「御社のAIガバナンスはどうなっていますか?」と聞かれる場面は、今後確実に増えます。罰則はなくても、信頼される体制を整えておくことが取引上のアドバンテージになる時代です。
やることは3つだけ。どれも明日から始められるものばかりです。
自社のAI利用状況を把握する
まず最初にやるべきは、社内で誰がどんなAIツールをどんな用途で使っているかを一覧にすることです。これが全ての土台になります。
「うちはAIなんて使ってないよ」と思っていても、実際にはけっこう使われています。営業がChatGPTでメール文面を作っていたり、経理がAI翻訳で海外の請求書を処理していたり。
把握できていない利用が一番リスクになります。たとえば誰かが個人のアカウントで顧客データをChatGPTに入力していたら——それは情報漏えいの火種です。
個人が勝手にChatGPTに顧客データを入力しているケースは実際にあります。禁止令を出す前に、まず誰が何のAIをどう使っているかを把握することが先決です。
やり方はシンプルで構いません。全社メールやSlackで「業務でAIツールを使っている人は教えてください」と聞くだけでもいい。
大事なのは完璧な調査をすることではなく、まず把握を始めることです。ツール名・使っている人・用途の3項目をスプレッドシートに並べるだけで、自社のAI利用の全体像が見えてきます。
全社メールやSlackで「業務でAIツールを使っている人は教えてください」と呼びかける。
スプレッドシートにツール名・使っている人・用途の3項目を並べるだけでOK。完璧な調査よりまず把握を始めることが大事。
個人情報や機密情報が無断で入力されていないかをチェックする。
この一覧は、次のルール策定にも、万が一の調査対応にもそのまま使えます。最初の一歩として、コストパフォーマンスは抜群です。
AI利用ルールを1枚にまとめる
利用状況が見えたら、次は「使い方のルール」を決めます。
ここで大事なのは、30ページの立派な規程を作らないことです。
本気で言っています。分厚い規程を作っても、現場の誰も読みません。読まれないルールは存在しないのと同じです。
A4用紙1枚に「使っていいこと・やってはいけないこと」を箇条書きにするだけで十分です。
A4一枚のシンプルなルールのほうが、30ページの規程より実効性が高い。
たとえば、最低限これだけ書いておけば形になります。
- OK: 文章の下書き作成、アイデア出し、翻訳、議事録の要約
- NG: 顧客の個人情報の入力、機密資料のアップロード、AIの出力をそのまま社外に出す
- 確認: 判断が難しい場合はAI担当者に相談する
これだけです。完璧を目指す必要はありません。まず1枚作って全員に共有し、運用しながら必要に応じて更新すればいい。AIガイドラインは最初からシンプルに始めるのが鉄則です。
ちなみに、このルール作りの参考になるのが経済産業省の「AI事業者ガイドライン」です。
AI新法という「大きな枠組み」を実務に落とし込んだ公式の指針で、「具体的にどんなことに気をつけて使えばいいか」がまとまっています。法律の条文を読む必要はまったくありませんが、このガイドラインには目を通しておくと「自社は何に気をつければいいか」が実感として掴めます。無料で誰でも読めるので、ルールを作るときの下敷きにしてみてください。
相談窓口と担当者を決めておく
最後に、「AIのことはこの人に聞く」という窓口を社内に一つ作ってください。
「うちにはAIに詳しい人なんていないけど……」と思うかもしれません。大丈夫です。専門家じゃなくていいんです。
総務や情報システム担当など、すでに社内の仕組みを管理している人が兼務で十分。「AIに関する相談や情報はあの人に集まる」という流れを作るだけで、組織の対応力はまるで変わります。
AI担当者は専門家でなくていい。「AIのことはあの人に聞く」という窓口を作るだけで組織の対応力が変わる。
そして、その担当者が困ったときに頼れる先も押さえておきましょう。
- 商工会議所: AI活用に関する相談窓口を設けているところが増えています
- 中小企業診断士: 経営の文脈でAI導入のアドバイスをもらえます
一人で抱え込む必要はありません。相談先を知っているだけで、いざというときの動き方がまったく違ってきます。
「調査協力」の連絡が来たら
ここまで読んで「やるべきこと」をやった方は、すでに準備ができています。
では実際に国から調査の連絡が来たとき、どう対応すればいいのか。結論から言うと、慌てる必要はまったくありません。
AI戦略本部の実態調査とは
AI新法では、政府の「AI戦略本部」が企業のAI利用実態を調査できる権限を持っています。
といっても、税務調査のような強制的なものではありません。中小企業に届くのは「実態調査への協力依頼」であり、あくまで任意協力です。アンケートや聞き取りの形式で「御社のAI利用状況を教えてください」とお願いされるイメージですね。
AI戦略本部の調査は税務調査とは違います。強制力はなく、アンケートや聞き取りによる任意の協力依頼です。
断ったらどうなるのか
「任意なら断ってもいいの?」——気になりますよね。
法律上は、断っても罰則はありません。
ただし、実務上のことを言えば、特別な理由がなければ協力しておくのが賢い判断です。
協力しないことにメリットはなく、断ったことで「何か隠しているのでは」と余計な注目を集めたり、再度の依頼が来る可能性もあります。
アンケートに回答する程度の負担であれば、素直に協力して「うちはきちんとやっています」と示すほうが得策です。
法的には断っても罰則はありませんが、断ることで「何か隠しているのでは」と余計な注目を集めたり、再依頼が発生するリスクがあります。アンケートへの回答程度であれば、素直に協力して心証をよく保つほうが実務上は得策です。
想定される質問と回答例
聞かれる内容は基本的なことだけです。「どんなAIを使っているか」「どんな業務に使っているか」「社内ルールはあるか」——この程度です。
前のセクションで作ったAI利用一覧があれば、そのまま見せるだけで大半の質問に答えられます。
やるべき3つのことを済ませていれば、調査が来てもそのまま対応できます。AI利用一覧を手元に用意しておくだけで、ほぼすべての質問に答えられるからです。
そして大事なこと——「AIは使っていません」も立派な回答です。隠す必要も、取り繕う必要もありません。正直に答えればそれでおしまいです。

