「言語AI(文章を生成するAI)では米国・中国に勝てない」——日本の大手4社はその認識を起点に、国産AI企業を共同で立ち上げた。
新会社「日本AI基盤モデル開発」が誕生
ソフトバンク・NEC・ホンダ・ソニーグループが主要株主として名を連ねる。法人は2026年2月に設立されていたが、4月12日に各社が一斉に正式発表した。社名は「日本AI基盤モデル開発」。本社は東京・渋谷区に置き、社長にはソフトバンクで国産AI開発を指揮してきた幹部が就任した。
4社の出資比率はいずれも10〜十数%で横並び。自動車・電機・通信・ITという異業種が対等に組む形だ。そこへ日本製鉄・神戸製鋼所の素材大手2社と、三菱UFJ・三井住友・みずほの3メガバンクも少数株主として加わった。
鉄鋼2社が名を連ねた背景には、この新会社が狙う「現場データ」がある。高炉(鉄を溶かす大型炉)や圧延機(鋼材を薄く伸ばす機械)が24時間発し続ける温度・振動・形状のデータは、工場AIを訓練する素材として価値が高い。日本の製鉄所は、製造現場の中でも屈指のデータ産地だ。銀行3行も、自行の融資・決済データを活用した金融向けAIへの展開を見据えているとみられる。
技術面では国内屈指のAI専門スタートアップ「プリファードネットワークス(PFN)」も参画する。PFNはトヨタ自動車やファナック(産業用ロボット大手)と共同で製造・自動運転向けのAI研究を手がけてきた深層学習の専門家集団で、基盤モデルのアーキテクチャ設計と技術開発に直接関与する。
ChatGPT並みのAIを2030年に
新会社の目標は「基盤モデル」——ChatGPTのようなAIサービスを支える頭脳——を日本製で作ることだ。規模は1兆パラメーター(AIの記憶・判断力の規模を示す数字)。ChatGPTを作ったOpenAIの最上位モデルに匹敵する水準で、完成目標は2030年度に置いた。
扱う情報は文章や画像だけではない。工場の機械が発するセンサーデータ、自動運転車のカメラ映像、音声まで——現実世界の多様な情報を丸ごと処理できるAIを目指す。完成後は自社で囲い込まず、日本中の企業が使える共有インフラとして開放する方針だ。
だがこの目標には、ある前提がある。
なぜこの4社が組むのか
米中に勝てない理由
AIを動かすには、膨大な処理能力を持つ巨大コンピューターが必要だ。業界では「計算資源」と呼ぶ。この計算資源の保有量は、アメリカが世界の約75%、中国が約15%を占める。日本の取り分は数%にすぎない。ChatGPTのような言語AIは、この計算資源を大量に消費する。土台となる設備でここまで差がある以上、同じ種類のAIで正面から勝負しても勝ち目はない——4社が出した結論はそこだった。
加えて、海外のAIサービスを使うたびに、工場の設計図や取引先のデータといった機密情報が外国企業のサーバーを通ることになる。「自分たちのデータを自分たちでコントロールできない」状態を、いつまでも続けられないという判断も重なった。
日本の武器「現場データ」
では、どこで戦うか。4社が選んだのは「フィジカルAI」——工場・自動車・ロボットなど、現実の物理世界を動かすためのAIだ。
ここで4社の組み合わせに必然が生まれる。
- ソフトバンクとNECがAIの頭脳となる基盤モデルを開発
- ホンダが自動運転の走行データを持ち込む
- ソニーがロボットを動かすためのデータを持ち込む
- NECは通信や交通・電力など社会インフラの運用データも担う
製鉄所のセンサーデータ、銀行の取引記録——それぞれの現場が何十年もかけて積み重ねてきたデータには、言語の壁もなく、米国や中国がすぐに複製できるものでもない固有の価値がある。
政府も5年で1兆円を支援
民間が土俵を決めた。政府もそこに賭けた。
経済産業省はNEDO(国が新技術の開発・普及を支援する機関)を通じ、2026年度から5年間で総額1兆円規模の支援枠を設ける方針だ。2026年度単年だけで約3,800億円を計上する見通しで、官民合計では将来的に3兆円規模に達するとみられる。
政府が急ぐ背景には、「AI主権(ソブリンAI)」という論点がある。自国のデータを自国内で処理できるAI基盤を持てないまま、工場管理から金融取引まで基幹業務をAIに委ね続けることへの懸念だ。データの外部流出は企業競争力の問題にとどまらず、安全保障の問題としても語られるようになっている。
計算基盤としては、ソフトバンクが大阪府堺市に整備中の国内最大級AIデータセンターを活用する見込みだ。小野田AI戦略担当相は4月14日の会見で「民間企業の取り組みは非常に重要」と述べた。
官民3兆円、動かすのは100人
官民合計で3兆円規模になるとみられる資金が動き出す。それを動かすのが、当初100人のエンジニアという現実だ。
AIの性能を上げるには、試行錯誤の実験を繰り返すしかない。1日に何本の実験を回せるか——その積み重ねが2030年の完成度を決める。その間も、米中の数千人規模のチームは実験を止めない。
一方、完成した場合の使い道は具体的だ。基盤モデルはAPI(外部システムからAIの機能を呼び出せる接続口)を通じて国内企業に開放される。製造業の品質管理、医療機関の診断補助、銀行の与信審査——業種をまたいで同じAI基盤を共有できれば、日本のデータが国内で積み上がり、海外AI依存と外部流出のリスクが同時に下がっていく。2034年に578億ドル規模と予測される国内AI市場の土台を、国産で持てるかどうかの勝負でもある。
2030年。そのとき日本の現場から生まれたデータが、国産AIの基盤として本当に機能しているかどうか——その答えを、出資各社とエンジニア100人が4年かけて出す。

