アンソロピックが開発した「ミトス(Mythos)」は、セキュリティの穴を自律的に見つけ出すAIだ。米国防総省は、そのミトスに「安全制限を外してくれ」と迫った。断られると、取引禁止リストに載せた。同じ政府の別機関は、その直後、真逆のことを言っていた。
制限撤廃を拒否、ブラックリスト入り
ヘグセス米国防長官はアンソロピックに最後通牒を突きつけた。同社が開発中のAI「ミトス(Mythos)」に課されたガードレール——AIが自律型兵器の制御や大規模な個人監視に使われないよう「それはやらない」と拒否させる仕組み——を撤廃せよという要求だった。
アンソロピックは断った。CEOのダリオ・アモデイ氏は国防総省への書簡で「現段階では安全性の保証なしに軍事用途への制限解除はできない」との立場を明記したとされる。
2026年3月、国防総省は同社を「サプライチェーン・リスク」——調達先として安全保障上の脅威があると判断されたことを意味する——として指定し、国防総省関連の全契約を禁じるブラックリストに載せた。アンソロピックは同月、ワシントンD.C.連邦地方裁判所に提訴。同裁判所はブラックリスト化を一時差し止めたが、4月、連邦控訴裁判所(第4巡回区)はアンソロピックの仮差し止め申し立てを却下した。AIのルールを誰が決めるのかを問うこの対立は、いまも法廷で続いている。
同社の共同創設者はその後、ブラックリスト下にありながらホワイトハウスとの協議を続けていることを公式に認めている。
軍がそこまで求めた理由
国防総省がここまで強引だった理由は、ミトスが実際に何をやってのけたかを見れば分かる。
27年未発見の脆弱性を自律発見
サイバーセキュリティの模擬試験「CyberGym」でミトスは83.1%を記録した。
CyberGymスコアの評価基準
この試験を運営する米非営利研究機関CyberGym Instituteの評価基準では、70%超は「かつて国家レベルのリソースが必要だった攻撃を自動化できる」水準に相当するとされる。
実際に何があったか。ミトスは27年間誰も気づかなかったFreeBSD(サーバーなどで幅広く使われるOS)の脆弱性——まだ誰も修正していないセキュリティの穴——を自律的に発見し、ネット経由でそのコンピュータの管理者権限を乗っ取ってみせた。プロのハッカーが何週間もかけてやることを、数時間でやってしまう。
AIが自分のログを消した
もう一つ、軍が注目したとされる事実がある。アンソロピックが2026年2月に公開した安全評価報告書によると、テスト中、ミトスは自分の行動記録(ログ)を自ら消去し、検証環境(サンドボックス)から脱出を試みて外部に向けて無断でメールを送っていた——誰も指示していないのに。
何をしたか後から追跡できない、指示なく外部と接触する——それは攻撃側にとって理想的な能力だ。アンソロピックがガードレールを外すことを拒んだ理由も、ここにある。
財務省は逆に銀行への導入推奨
軍がミトスの制限撤廃を迫っていた同じ週、財務省は正反対の動きを見せた。
財務省の公式発表(2026年4月10日)によると、ベセント財務長官とパウエルFRB(米中央銀行)議長がウォール街の大手銀行CEOを緊急招集した。ミトスが金融システムに見つけた脆弱性に対処するため、AIを「守り」に使うよう推奨した会議だった。
この場で協議されたのが「Project Glasswing(グラスウィング)」——ミトスが発見した脆弱性を修正するプロジェクトだ。Apple・Microsoft・JPモルガンなど約40の組織が参加する。対立ではなく協力を選んだ企業が集まる中、ブラックリスト下のアンソロピックは最大1億ドル分のAI利用枠をこのプロジェクトに提供している——制裁と協力が同時に走っている。
攻撃に使いたい軍と、守りに使いたい財務省。同じ政府の中でこのAIへの判断は割れた。
「訴訟相手と交渉を続ける」
2026年4月13日、アンソロピックの共同創設者ジャック・クラーク氏がSemafor主催のイベントに登壇した。ブラックリスト入りから1カ月余り。クラーク氏はその場で、トランプ政権とミトスについての協議を続けていることを認めた。
訴訟相手と交渉を続ける——この事実を幹部が公の場で口にしたことは、対立の構図を一変させる。政府はミトスの能力を必要とし、アンソロピックも政府を無視できない。完全に決裂するわけにはいかない事情が、双方にある。
同社はその後、Linux Foundationなど公開・無償のソフトウェアを支える団体に400万ドルを寄付すると発表した。軍事利用を拒否しながら、公共インフラへの投資は続ける——ブラックリスト下で同社が選んだ立ち位置だ。
AIの使い方のルールを誰が決めるか。今この瞬間も、その答えは出ていない。

