2026年3月24日、トヨタの主要部品メーカーであるデンソーが、パワー半導体(EVのモーターを制御する電子部品)メーカーのロームに対して全株式取得を正式に提案した。買収総額は約1.3兆円。業績悪化が続くロームの時価総額(株式市場での評価額)を大きく上回る水準で、プレミアム(市場株価への上乗せ額)の詳細は今後の交渉での焦点となる。
ロームは電気自動車に欠かせない「SiCパワー半導体」の主要メーカーだ。このチップはEVのモーターに流れる大電流を効率よく制御し、電力の無駄を減らすことで航続距離を伸ばす。ロームの公表資料によれば、同社のSiCチップはトヨタのEV「bZ4X」において電力損失を約40%削減し、航続距離746kmを実現することに貢献したとされる。デンソーはその作り手を買う——「部品を調達する側」が「作る側」へと踏み込もうとしている。
ロームの赤字と3社連合の動き
背景にあるのはロームの急激な業績悪化だ。2024年度(2025年3月期)決算は12年ぶりの最終赤字となり、損失額は500億円に上る。中国のBYDなどが安価なパワー半導体を市場に大量投入し、価格競争を激化させたことが主因だ。
デンソーの提案に対し、ロームはいまのところ公式の賛否を表明していない。複数の国内メディアの報道によれば、ローム・東芝・三菱電機の3社がデンソーとは別に独立した連合での事業統合を協議しており、ロームは独自路線を模索しているとされる。実現すれば、パワー半導体で世界首位のドイツ・インフィニオンに次ぐ、世界第2位のパワー半導体グループが誕生する。トヨタの傘下に入れば、トヨタのライバルメーカーへの販売が難しくなる——そのリスクが独立路線を後押しする力になっている。
5%の持ち株から全株取得へ
今回の提案には伏線があった。デンソーは2025年5月に戦略的パートナーシップを締結し、それ以来ローム株を段階的に買い増して約5%まで積み上げていた。今回はその延長線上にある「最後の一手」だ。
SiCパワー半導体の世界市場は2035年に2025年比で約6倍、2.9兆円規模に拡大するとの予測がある(複数の市場調査機関が試算を公表している)。成長する市場を「買う側」で戦い続けるか、「作る側」として戦うか——デンソーが出した答えが、1.3兆円の買収提案だった。
統合か独立か、3つの道
この先、日本のパワー半導体の行き先は大きく3つに分かれる。
- デンソーによるローム単独買収
- ローム・東芝・三菱電機の独立連合
- デンソーを含む4社統合(経産省主導の構想)
現時点では、どれが実現するかは決まっていない。
経済産業省はここ数年、パワー半導体の国内生産を国策として位置づけ、数千億円の補助金を投じて企業の統合・強化を促してきた。買収の是非を判断するのはロームの株主と経営陣だが、その判断が下される場所は、国の産業政策が動いている舞台の上だ。
デンソーがロームを傘下に収めれば、トヨタは素材から完成車まで一本化できる
デンソーがロームを傘下に収めた場合、トヨタグループ内の分業体制は一つの形に収束する。ロームがSiCパワー半導体を量産し、デンソーがEV向け部品として仕上げ、トヨタが完成車を世界市場に送り出す——素材から製品まで一貫する「垂直統合」(グループ内で製造工程を囲い込む仕組み)の完成形だ。
コロナ禍の半導体不足は、主要部品を外部に依存するリスクを自動車業界全体に突きつけた。EVの性能を左右するパワー半導体で同じ轍を踏まないことが、1.3兆円という判断の根底にある。
経産省が描く「4社一体」の構想
3社(ローム・東芝・三菱電機)の独立統合協議と並行して、2026年に入り経産省が主導する形でデンソーを含む4社での統合という枠組みが選択肢として浮上した——関係者への取材で明らかになった。4社統合はまだ構想段階であり、正式な協議には至っていない。中国勢との価格競争が激しさを増すなか、個社で対抗するには限界があり、まとまって規模を確保することが中国・欧米の大手に対抗する現実的な道だという判断だ。
その成長市場で、日本がどの陣営として戦うか——トヨタ主導の垂直統合か、ローム・東芝・三菱電機の独立連合か、経産省が描く4社一体の枠組みか。2026年4月の時点で、日本のパワー半導体がどの形に落ち着くかはまだ決まっていない。ロームが次にどう動くかが、その答えを決める。

