2025年、日本の特殊詐欺被害は前年からほぼ倍増した。被害者の8割を65歳以上が占める。これだけの被害が続いた理由は、技術の遅れだけではなかった。
三菱UFJのAI、窓口会話から詐欺の兆候をリアルタイム検知
三菱UFJ銀行は、全国約300の有人店舗でAI(人工知能)を使った詐欺検知システムを展開している。一部の店舗でのパイロット導入を経て、2026年春までに全国展開が完了した。窓口での会話をリアルタイムで解析し、詐欺の兆候を検知した場合は即座に行員へ知らせる仕組みだ。
会話から何を検知するか
詐欺グループは被害者を事前に「コーチング」する。「息子がお金を使い込んだ」「警察から連絡があった」——そう繰り返し言い聞かせ、被害者が窓口に来た時点で話を本気で信じている状態を作り出す。目の前で真剣な顔で話す高齢者に「おかしい」と言える行員は、そう多くない。AIは、詐欺に特有のキーワードや文脈だけでなく、声のトーンや話すスピードからも「焦り」「動揺」をリアルタイムで読み取る——言葉の意味だけでなく、話し方そのものを見ている。システムの検知精度は95%以上で、本格採用を判断する根拠の一つになった。
アラート後、行員はどう動くか
検知後のアラートは、行員の端末にだけ静かに届く設計だ。「怪しい」と顧客の前で示す仕組みにはなっていない。行員はその通知を受け取り、自然な声かけのかたちで確認会話を始めることができる。顧客の尊厳を守りながら詐欺を止める——その設計思想が、このシステムの核心にある。
なぜ今まで銀行窓口で詐欺を止められなかったのか
行員が「何かおかしい」と感じても、目の前の高齢者が「大丈夫、自分の意思です」と言い切れば、それ以上踏み込む根拠がなかった。そこに法律の壁が重なる。顧客が振込を「自分の意思」と言い張れば、銀行側に強制的に止める手段はない。「大切なお客さまを疑うのは失礼だ」という心理的なためらいが、さらに行員を黙らせる。
詐欺グループの巧妙な演出、法律の限界、そして行員自身の善意——この三つが重なって、防犯の穴が生まれていた。2025年の特殊詐欺被害額は過去最悪の約1,414億円。被害者の約8割が65歳以上の高齢者。この数字の裏には、止めたくても止められなかった行員たちがいる。
AIが匿名化して解析、個人情報は渡らない仕組み
窓口の会話がAIに届く前に、氏名・住所・口座番号といった個人情報は自動で伏せ字に置き換えられる。解析処理も銀行の建物内で完結する——個人情報が外に出る経路が、設計上存在しない。
窓口だけでなく電話でも
三菱UFJはコールセンターにも別の不正対策AIを導入している。生成AI(大量のデータから文章や判断を生み出すAI)が電話の通話をリアルタイムで解析し、詐欺に関連する発話を検知した時点で自動的に専門の対応部署へ接続する仕組みだ。窓口システムが「行員へのアラートを届け、声かけするかどうかは人間が判断する」設計なのに対し、こちらは検知した瞬間に接続先を切り替える自動処理だ。対面と電話の二経路で詐欺を塞ぐ構えといえる。
三菱UFJは2026年度末までにAI活用業務を300件以上に拡大する計画で、不正検知はその柱の一つだ。
変わったのは、検知の精度だけではない。
行員がためらっていた理由は「証拠がない」ことだ。感覚では「おかしい」と思っても、踏み込む根拠がなかった。
AIはその構造を変えた。「詐欺の可能性が高い」という客観的なデータが手元にある状態では、行員は感情や勘ではなく「システムが警告を出している」という事実を根拠に声をかけられる。「念のため確認させていただけますか」——その一言が、ようやく自然に出てくる。疑っているのではなく、確認しているのだ。行員の善意が作っていた穴を、AIが塞いだ形だ。
AIが「詐欺かもしれない」と告げた瞬間、行員はようやく、踏み込んでいい。

